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沿革

1901年 (明治34年) 信州伊那谷から上京した藪原鉄五郎が、東京市京橋区桶町城辺河岸(現在の東京駅八重洲口前)に左官材料の専門店(主に砂物)を開業。
1930年 (昭和5年) ドイツ最大の染料メーカー、イーゲイ染料工業会社(現在のランクセス社「旧バイエル社」)の優秀な顔料をわが国に初輸入、絶賛を博す。
1945年 (昭和20年) 戦災で焼土と化した東京丸ノ内の鉄道高架倉庫を仮店舗として再スタートを切る。
1950年 (昭和25年) これまでの個人経営から資本金100万円で株式会社に改組。
1961年 (昭和36年) 本社屋を現在地(八重洲通り)に移転、地下1階、地上9階建(鉄骨鉄筋コンクリート造・延面積6,965m2)の新本社ビルを鹿島建設の設計・施工により建設。
1963年 (昭和38年) 信越化学・メトローズを発売。
1964年 (昭和39年) 旭化成・ミュールコートを発売。
1965年 (昭和40年) 商号を「株式会社ヤブ原」と改名、資本金も4,800万円に増資。
1967年 (昭和42年) 湿式建材と建築材料の開発と工法研究のために開発部を発足。また、大阪、福岡、名古屋、札幌、仙台に営業所を開設。’68年には業界初の貿易部を発足させる。
1969年 (昭和44年) 10月21日、創業者藪原鉄五郎、94年の生涯を閉じる。
1970年 (昭和45年) 化学工業の発達により樹脂系材料が次々と開発され、左官工事の近代化が進む。当社も旭化成工業、信越化学工業との提携をさらに強化し、新商品を開発、普及させる。
1977年 (昭和52年) 事務処理管理システムを電算化するため、IBMシステム32を本社へ導入。
1979年 (昭和54年) NEC6300-50を本社と各営業所へ導入、オンライン化する。
1981年 (昭和56年) 左官工法に画期的なフィルムによる凹凸状仕上材「アートレリボ」を大日本印刷との提携で開発。創業80周年記念行事を挙行。
1983年 (昭和58年) タイル、石材接着セメント、コンビハネタイルを開発しタイル業界へのサービスを開始。
1987年 (昭和62年) これまでに北関東営業所、南関東営業所を開設、また大阪営業所、名古屋営業所を現在地に移転しビルを新築するなど着々と拠点を固める。
1991年 (平成3年) 北関東営業所、大阪営業所を北関東支店、大阪支店へとそれぞれ昇格させる。
1993年 (平成5年) 景気の後退とともに機能材として「しっくい」など湿式建材が見直される中、カーサブランカ、テクニカメント、マーレンデコなど、つぎつぎに新たな商品を提供し、さらに日本の気候風土に正に適した、大阪ガス開発の炭素繊維複合珪藻土仕上材ケイソーウティカ等を発売する。また、水力発電設備の補修にも着目、土木材料および景観材料へも積極的に取り組んでいる。
1994年 (平成6年) 2月、第1回私募債発行する。
2000年 (平成12年) 福岡営業所を現在地に移転する。
2001年 (平成13年) 創業100年。 WALL 22号を発行する。
2004年 (平成16年) 7月、本社及び東京支店をヤブ原ビル4階に移転する。同時に関東圏物流の効率化を図るため、東京支店の倉庫機能を北関東支店及び南関東支店の各倉庫に移管する。
2006年 (平成18年) 株式会社ヤブ原一級建築士事務所開設。
2007年 (平成19年)
異国屋商店(名古屋市)の建材販売事業部門のM&A実施。
2008年 (平成20年) 4月、日東紡績株式会社の「ダンウォール」事業を継承する。同時にダンウォール事業部を発足、メーカーとしてスタートする。 名古屋営業所を名古屋支店に昇格させる。
6月、WALL 23号を発行する。
8月、仙台支店を現在地に移転させる。
11月、イメージキャラクターとして「ぬりかべ」を導入
2009年 (平成21年) 7月、商品開発部を発足
2010年 (平成22年) 大阪ガスケミカル株式会社より珪藻土仕上材事業継承
ヤブ原本社ビルリニューアル
事業推進室を発足
札幌営業所を現在地に移転させる
2011年 (平成23年) 創業110年
1968年来の貿易部を海外部として再発足
2013年 (平成25年) 南関東支店を現在地に新築移転
関東圏物流改革のため、現在地に橋本物流センターを開設
2014年 (平成26年) 資本金1億円に増資